僕は――。
『黒髪に黒目』の容姿をしているから。
つまりは他の貴族家からは『本当にアイザック家の人間か?』なんて事を思われているという証。
それはこのアイザック家に使えてくれている使用人や、メイド、そして領兵の人たちまで、同じ様な疑いを持っている人はいる事でも証明できると思う。
だからこそ表には出さないけれど、長年使えてくれているメイド長のコルマまでが、僕に対してあのような事を口走ってしまう事でも分かる。
皆がどう思っているのかは、僕自身が良くわかっている。ただそれを表立って出さないだけ。
それに父さんや母さんが本当に僕の事を愛してくれていると感じるからこそ、そのような雑音にも何もにせずに居られる。フィリアにしてもまったくにした様子もなく、僕の事を心から慕ってくれているし、僕が仮に『アイザック家』とは関係のない人間だったとしても、これから先も気にはしないで生きていけると思っている。
――さて……考えるのはよして、ご飯を食べようかな。
まだ少しプリプリとしているフィリアをなだめながら、目の前でイチャつく両親に苦笑いしつつ、目の前に用意された食事を、作ってくれた人たちに感謝しながら口の中へと混んでいった。
子供とはいえ、食事をした後はお勉強の時間が待っている。貴族社会にて生き残っていくためにというのも有るけど、このドラバニア王国内という事に関して言えば、アイザック家という名前に何処か期待している節が視られる。
代々の先祖様方が偉大だったという事も有るのだけど、現当主である父さんの評価も高いので、次世代の当主と目されている僕にももちろん期待が掛かっているとはひしひしと感じる。
――そんな事は僕にはどうでもいいんだけどね。ただ自分の大切な人達と仲良く、楽しく暮らしていければそれだけでいいんだ。
実のところ僕は、アイザック家当主という響きと、その名誉にはあまり興味がない。いや着る事ならばそのような立場になる事を回避したいとも思っている。
――僕の事は僕が一番知っているさ。
そう思いながらも、自室の中で大きな机に向かい、参考にしている本とにらめっこしている。
僕の直ぐ脇には教師として、アイザック家執事のフレックがずっと立って僕の様子を見つめている。だから逃げ出すことはできない。
「坊ちゃん分からない所でもありますか?」
「フレック」
「なにか?」
「その坊ちゃんて呼ぶのやめてよ」
「いやでも事実でしょう?」
実はこのフレック、父さんと幼馴染で国立学院らの同級生なのだ。こうして僕の教師役になる前は、普通にロイドと呼んで遊んでくれたりしていた。フレック自体は子爵家の3男だと聞いたことが有る。
家を継ぐことは出来なかったので、こうしてアイザック家の執事として働いてくれるようになった。
「何となくいやんだよね。なんだか距離を取られてるみたいでさ」
「なら……誰もいない時なら、時々は昔みたいお呼びしましょう」
「ほんと!?」
「あぁ。約束するよロイド」
「やったぁ!!」
僕はもちろんのフレックも大好きなので、素直に喜んだ。
しばらくはレックと共に、しっかりと学ぶべき事を学ぶ。
これも将来の為になると、この領の為になると思えば苦にはならない。真面目に取り組んでいると自室のドアをノックする音が聞こえて来た。
フレックが静かにあの方へと歩いていく。そのままドアの前で立ち止ると、ドアを開けずに声を掛けた。
「どうしました? 何かご用ですか?」
「お勉強中に申し訳ありません。メイドのテッサです。実はロイド様にご面会ご予約が入りまして、都合を伺いに来ました」
「そうですか、入ってください」
ドアを静かにフレックが開ける。フレックの片手が腰に添えられるのを僕は見逃さなかった。
「失礼します」
多少は大げさにしているのだろうけど、ドアの前でていた通り、入ってきたのはメイドのテッサ。その姿を見てフレックも息を吐きつつ片手を戻した。
「テッサ。誰から?」
「ロイド様、アルスター家からのようですよ」
「え? アルスター家?」
僕は考えこんでしまう。
アルスター家は伯爵家であり、アイザック家がある場所からは正反対に位置する土地の領主である。
「何かしたんですか?」
「いや、僕が何をかするわけないでしょ?」
考えこんでいる僕に、ニコッと笑いながら話しかけてくるテッサ。実はこのテッサとは子供のころから仲良くしてもらっていて、僕は姉のように思っている。
だからこそ、フレックいるというのに、このような軽口を言えるのだ。フレックもその事を知っているからこそ、何も言わない。
「うぅ~ん。父さんに相談するけど、どうせ断る事なんてできないでしょ」
「そうだな」
「そうですね」
フレックもテッサもウンウンと頷く。
「じゃぁ、ちょっと父さんの所に行ってみるよ」
「分かりました。先に行ってご報告しておきますね」
「ありがとうテッサ」
大きく一礼してテッサは部屋から出て行った。
その後ろ姿を見ながら、僕は大きなため息を漏らす。
この突然の訪問の予約という話が、これから先僕の人生を変えていくとは思ってもいなかった。
「どうして父さんとガルバン様がいるのさ!?」 鍛錬所に到着した僕達二人とコルマ。しかし僕達が到着した時にはすで二人が鍛錬所の入り口に立って僕たちをニコニコとしながら待っていた。「何やら面白そうな匂いがしたのでな」「俺は止めたんだぞ? さすがに二人の邪魔をしちゃ悪いと思ってな。 ガルバン様はにこやかな表情をして、父さんは少し困った顔をしながらも、二人から出てきた言葉はとても楽しそうだ。「アスティ……」「はぁ……諦めてロイド。こういう時のお父様は何を言ってもダメだから」「えぇ~!?」「良くわかっているではないかアスティ」 ガハハとまた豪快に笑うガルバン様。「まぁいいや」「行きましょう」「うん。とりあえず、真ん中位まで行こうか」 二人で並んで歩いていく僕たちの後を追うように、父さんとガルバン様が付いてくる。コルマには入り口で待ってもらうようには言ってあるので、僕たちの後を着いてくる事は無い。更にアスティの秘密が誰にも知られないようにするために、修練所に近づいてきた人たちの対応を頼んである。「それで何をするんだ?」 ガルバン様がワクワクした様な顔をして僕に語り掛ける。「え? アスティが魔法を使うところが見たかっただけですけど?」「なんだ……それだけか……。てっきり私は……」 ブツブツと何か独り言を始めるガルバン様。それを見ながら首をすくめる父さん。――仲良くなってるなこの二人。 初めて屋
ヨームを使い始めてから2日が経つけど、そこまで目に視えるような混乱は起きていない。 フレックやアランさんに頼んで作ってもらっていたヨームは、急いで作成したというのにもかかわらず、次の日には各家に5組ずつ渡せるように出来上がっていた。 特に急がせたわけじゃないと二人は言っていたし、新しいものを作るのは楽しいとアイザック領都のドランにある木工細工店では喜ばれたそうだ。 その時にどのような使い方をするのかと聞かれたようだけど、二人ともまだ話すわけにはいかないと言って、その先はアイザック家からも正式にお話が有るまでは待てと言って戻ってきたそうだ。――そこまでしなくてもいいんじゃないかな? 僕はその話を聞きながら、広まっちゃたら仕方ないのに……。 なんて簡単に考えていた。 僕の所にも、ヨームの使い方や考え方、見方などを聞きに毎日の様にメイドの皆や、使用人として働いている人、そして庭師のジャンに至るまで、途切れる事が無いと思うくらい、真剣な眼をしながら聞いてくれる人たちがいる。「ふぅ~……」「おつかれさま」 そんなやり取りをしていて、ようやく落ち着いたお昼過ぎのティータイム。独りでサロンに行きお茶をしようと思っていたのだけど、後からトコトコとアスティとフィリアが僕の後をついて来た。 その3人でお茶を飲むことにして、そのままサロンへと向かう。 いつもなら、お昼の軽い食事をした後は家族そろってティータイムなのだが、ガルバン様と父さんは執務室に入り、何やら話し合いをしているみたいだし、母さんとメイリン様も母さんの部屋へ一緒に入って行ってしまうので、ここ2日間はアスティかフィリアと一緒にお茶を飲むことが増えていた。&
「――と、いうわけで、今日からこのヨームというモノを使っていきます。何か聞きたいことはありますか?」 僕が心配していた通り、中庭へと集まってもらった人達の中には、こそこそと何か話をする人もいたけれど、父さんの一喝によってそんな声も静かになった。 僕が話を始める前には、アルスター家当主としてガルバン様も、僕の考えたものを採用すると宣言してくれた。 僕が何も説明する前にガルバン様が言ってくれた事で、僕を支持すると言ってくれたのも同じ事。だからアルスター家の方からは何も声が上がらない。「ちょっといいでしょうか?」「はいどうぞ」 スッと手を上げたのはアイザック家のメイド長コルマ。「それはどのような効果が有るのでしょうか?」「それは――」「それは私が説明しよう」 僕がコルマの質問に答えようとしたら、ガルバン様が僕を手で制しながら、コルマへ答えた。「実の所、このヨームは今日から始めたから直ぐに結果がわかるというモノではない。しかも使っている人と使っていない人でその差は出にくい。何故なら使わない人達にはその考えすらないのだから。しかしこれから先はこのヨームを使う事で必ず便利だと思う時が来る。必ずだ。それはわたしが保障しよう。そうでなければアルスター家も同じ日にヨームの使用を開始するとは言わない」「……分かりました。私達もしっかりとヨームに関しては理解したいと思います」「よろしく頼む。そしてもっと大事な事が有る」「それは?」 コルマだけではなく、その場にいる皆がガルバン様の言葉を待っている。「これを考えたのがここにいるロイドだという事だ!!」 ガルバン様の言った事でその場が少しだけざわついた。&nbs
「マクサス」「ん?」「どうやらお前の息子はとんでもない奴だったようだな」「そうなのか? 私には……いや俺にはさっぱりわからんが」 ガルバン様に対してかなり乱暴な言葉遣いになってきている父さん。しかしそれを全く気にした様子が無いガルバン様。僕はそちらの方が気になってしまった。 テーブルの上の物をいじりながら、近くに集っていた人たちが何やら話を始めているが、僕は説明が上手く伝わったことに安心して、テーブルから離れ一人ソファーへ深く沈みこむようにして座り、大きく息を吐いた。「はいロイド」 そう声を掛けてくれつつ、僕の前にお茶の入ったカップを置いてくれるアスティ。「ありがとうアスティ」「ううん」「うまく伝わったかな?」「そうね。見てみたらわかるわよ。お父様をはじめお母様まで凄く楽しそうにお話をしてるわ」「そうか……良かった」「ちょっとカッコ良かったわ」 そんな事を言いつつ僕の横へすとんと腰を下ろすアスティ。とアスティはそのまま盛り上がっている周りをよそに、お茶をゆっくりと飲み始めた。「ロイド」「はい」 しばらくはあーでもないこーでもないと話が弾んでいた皆だったけど、ガルバン様から僕の方へ声がかかると、そのみんなが僕へと視線を向ける。「それで、コレら二つの名前はどうするんだ?」「え? あ!? か、考えてませんでした……」「そういうところは抜けているんだな。ちょっと安心したぞ」「すみません」 僕がぺこりと頭を下げると、何故横にいたアスティも一緒に頭を下げた。
お昼の鐘が鳴り、ダイニングにてみんなで食事をしてサロンでみんなとお茶を飲んでいると、ドアをノックする音が聞こえて来た。「フレッグです。宜しいでしょうか?」「よし、入れ!!」「失礼いたします」 サロンの中へ入ってくるフレックの手には、3日前にガルバン様が頼んでいたものと思わしき物がもたれている。 続いて入ってきたテッサもフレックと同じものを持っていた。「旦那様、伯爵様、先日の物が出来上がりましたのでお持ちいたしました」「おう!! できたか!!」「どれ……見せてくれ」 ガルバン様が興奮するのをよそに、お父さんは興味なさげにしている。 サロンの真中までフレックとテッサが近寄り、その真ん中にあるテーブルの上へと荷物を置いた。ガラン――がらんがらん!!ドサドサ!!置く時に思っていた以上に大きな音がしたので、それまで興味なかった母さんとメイリン様も、音のした方へと身体の向きを変えた。「ん? どういうことだ? 言っていたものと形が違う様な気がするんだが?」「はい、これは製作中の工房にロイド様がいらしてですね、このように変えたものも造ってくれと頼まれまして。それで時間がかかってしまいました」「ロイドが?」 その瞬間に僕の方へと全員の視線が集まる。「ロイド、どういうことだ? あれで完成ではないのか?」「う~ん……あれはあれで完成形の一つだよ」「なに?」「完成形の一つ……だと?」「うん」 そこに有ったのは、以前にサロンで話していた形のモノと、もう一組のモノ。その一つを手に取りながら、僕は
アルスター一家が屋敷に泊まるようになってからすでに3日が経った。 ガルバン様が言っていたように、ガルバン様たちと一緒に来た兵士の皆さんは屋敷の敷地内でテントを張ってそこで過ごしている。 広いだけで、噴水などが有るだけの庭に今では兵士の人達の訓練する声などが聞こえてくるようになった。その中に時々父さんの姿があるけど、ガルバン様に鍛えてやって欲しいと頼まれたのだと後から聞いた。 あの日、食事の時には寝てしまっていたフィリアだけど、世の食事の時には起きてきて、その時にちゃんと挨拶が出来た。 そのあとすぐにアスティと一緒にお話をしていたので、とても仲良くなったとフィリアからもアスティからも聞いている。妹と仲良くしてくれるのは凄くうれしい。今まではあまり人との付き合いの無かったフィリアだけど、お姉ちゃんが出来たととても喜んでいた。 そんな中で僕の方はというと――。「ロイド、魔法はどのような属性があるかは知っているか?」「はい。ガルバン様」「言ってみろ」「火、水、土、風、光、そして闇です」「そうだ」 朝からお昼の鐘が鳴るまでフレックと共に勉強していた時間に、ガルバン様からの魔法の勉強時間も組み込まれた。屋敷の中で使われていなかった部屋を少し片づけ、そこに机や椅子を用意して、アスティと共に並んで教えてもらっている。「でも……」「ん? 何か分からないところがあるのか?」「え? いやでも……」「いいから言ってみなさい」「はい……。本当に属性はそれだけなんですか?」